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・Chapter(1) クロエは封印ッス

Penulis: 羽馬タケル
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-15 18:31:05

「おはよーございます」

抑揚を欠いた声で挨拶を述べて瑞穂は出社すると、入浴する親父のように緩慢な動作で自らのデスクへと腰掛けた。

パソコンの電源を入れ、ログインパスワードを入力すると、瑞穂は睡眠不足を少しでも解消させる為、組んだ両手の上に頭を載せ、仮眠をとる。

「眠そうだな」

その時、瑞穂の後ろから声が聞こえてきた。

「……はい」

瑞穂は寝ぼけまなこで、ゆっくりと後ろを振り返る。

見慣れた、ポール・スミスのスーツ。

くっきりとした二重まぶた、高くそびえ立った鼻。

嗅いだ人間の心を取り込むような、ブルガリ・プールオムの香り。

我が営業二課のエースである和田マネージャーが、口元を曲げながら瑞穂を見下ろしていた。

「眠いッス……」

仮眠を妨害された瑞穂は、唇を尖らせながら和田マネージャーに対して返答する。

「その様子じゃ、殆ど寝てないって感じだな。

なんか、変な事でもしてたのか?」

「してませんよ、そんな事」

和田マネージャーのブラックジョークに、瑞穂は苦笑いを浮かばせながら反論した。

「ウチの、エアコンが壊れたんですよ。

昨日、真夏みたいに蒸し暑かったでしょ。

だから、掃除はまだしてなかったんですけど、その場しのぎって感じで電源を入れたんですね。

けど、何か変な音が鳴るだけで、全然涼しくならなくて……。

何か、水漏れとかもしてましたし。

で、仕方ないから、昨日は扇風機だけで寝たんですけど、あまりにも暑くて殆ど寝れなくて……。

それで、今、こんな状態って訳ですよ」

「窓、開けたら、少しはマシになるだろ?」

「ウチ、二階なんですよ」

「なるほど」

アクビ交じりの瑞穂の弁を聞き終えた和田マネージャーは、納得した、といった様子で顎に手をあてた。

「まっ、朝礼までには何とかしますから、出来ればそっとしておいて下さいよ」

両腕を高く上げて伸びをしながら、瑞穂は和田マネージャーへと向き直る。

「朝にシャワー浴びたりとか、野菜ジュース飲んだりとか、柑橘系の香水つけたりとか。

こっちも、気を引き締めるように、それなりに色々何とかしてますんで」

「あっ、そういえば確かに今日の高畑さんは、いつもとは違う匂いがするな」

和田マネージャーが、鼻をひくつかせる。

「でしょ」

その和田マネージャーの言葉に、瑞穂は気持ちを汲み取ってくれた、というのもあってか、口角を上げ、八重歯を見せる。

·

「今日は、気を引き締めようと思って、ANNICK GOUTAL(アニックグタール)のオーダドリアンをつけてきたんですよ。

レモンの香りで、ちょっと目を覚まさせようかな、って思って。

いつものクロエじゃ、ミドルで甘くなっちゃうから、余計眠くなると思ったので、今日は残念だけど封印ッス。

っていうか、和田マネージャーに迷惑をかけないよう、こっちも色々と気を使っているんですからね」

「そいつは、ありがとうと言わせてもらおうか」

和田マネージャーは、心持ち頭を下げた。

「香水の詳しい話は、俺にはあまり分からないけど、高畑さんがミスしないように心がけている、って気持ちだけは分かったよ。

そして、それに関しては、さっきも言ったように俺的にも有難い。

高畑さんにしろ、この間の紗倉さんにしろ、誰かがヘマしたら、俺はまた得意先に謝りに行かなくちゃいけないからな。

ところで、エアコンどうするの?

何か、この真夏日、まだ3日は続くって昨日のニュースで言ってたぞ。

この2~3日も、もちろんだけど、夏場ずっと高畑さんがその調子だったら、いくら気を使っているとはいっても、上司の俺としてはさすがに一言物申すかもしれないよ」

「そこなんですよね……」

瑞穂は眉根を寄せると、またアクビを一つした。

「取り敢えず、今日電器屋に行って何とかしてもらおうと思います。

出来れば、買い換えじゃなく修理にしたいんですけどね。

こないだのGWに、ちょっと友達と旅行に行って、貯金結構使ったから、ボーナスまで貯金はそんな使いたくないんですよ。

けど、ボーナスもらう頃には夏本番だから、また蒸し暑くなってるだろうし、電器屋に見てもらった結果、修理じゃなく買い換えるって話になったら、どうしようかなって思って……」

「何とかしてあげようか?」

「はい?」

腕組みしながら放たれた和田マネージャーの言葉に、瑞穂は首をかしげた。

「俺の知り合いに、電器屋やってる奴がいるんだよ」

和田マネージャーは瑞穂の隣の席に腰掛けると、したり顔で続きを語った。

「といっても、ヤマダとかヨドバシみたいに大手じゃないけどな。

昔で言う『ナショナルショップ』を、親から受け継いで経営してるってレベルだよ。

修理くらいなら、そいつに頼めば格安でしてもらえると思うし、買い換えにしても大分安く出来ると思う」

「えっ、いいんですか?」

「別にいいよ」

和田マネージャーは淀みない口調で返すと、右目をつむる。

「『暑くて寝れなくて、仕事出来ませーん』、なんて調子で毎日出社されたら、さっきも言ったように俺的にも上司として困るからな。

昼にでも電話して、頼んでおいてやるよ。

で、どうする?

今日、早退してその電器屋に来てもらう?

簡単な故障なら、今日中に修理してくれると思うけど」

·

和田マネージャーからの提案を聞き終えた瑞穂は、すぐに返答しようとはせず、しばし沈思した。

正直、悪い話ではない。

実を言うと、和田マネージャーに気がある瑞穂にとって、持ちかけられたこの提案は、和田マネージャーとの距離を縮める、絶好の機会でもある。

エアコンの件にしても、相場より安い金額で修理してくれるかもだし、本来ならこの話に素直に乗った方がよさそうだ。

──しかし、だ。

「……あっ、さすがに早退はいいです」

瑞穂は苦笑いを浮かばせると、睡眠不足で鈍った頭で思考を重ねている、というのもあってか、ゆっくりとした口調で和田マネージャーに対して切り出した。

「エアコンが壊れたのを理由に早退って、『私用』でごまかしても、さすがに周りに申し訳ない気持ちになっちゃいますからね。

だから、早退してまで、っていうのはいいです。

出来れば、明後日……。

土曜日にしてもらえたら、有難いんですけどね。

会社も休みですし。

で、ワガママを言わせてもらえば、その日に和田マネージャーに付き添ってもらえたら、嬉しいんですけど……」

「あっ、俺も付き添うの?」

瑞穂の意外な切り返しに、和田マネージャーは目を丸くさせた。

「はい」

苦笑いを保ったまま瑞穂は頷くと、続きを語る。

「昨日も、ネットで検索とかしてた時に思ったんですけど、大手の電器屋さんならともかく、小さな電器屋さんとかだと、ちょっと不安なんですよね。

名前がそんな知られてないから、もしかしたら何かされるかも、っていうか……。

もちろん、和田マネージャーのお知り合いを疑う気はありません。

けど、女独りで住んでる部屋に、知らない男の人が入ってくるってのは、さっきも言ったように少し抵抗と不安があるんです」

女独り身の部屋に訪れる、見知らぬ男性。

天授と言ってもいい、和田マネージャーからの提案に瑞穂が難色をしめしたのは、この懸念材料が原因であった。

もちろん、和田マネージャーの知り合いであるから、仮に自分と二人きりという状況になっても、特に何か起こる事はないであろう。

が、瑞穂はそのミリ単位の「懸念材料」を取っ掛かりとして、どうにか和田マネージャーとの距離を縮めたい、という思いもあったのだ。

「そういうモノなのかね……」

さすがに、強引すぎたらしく、和田マネージャーは「想像出来ない」といった様子で腕組みをすると、斜め上を見つめたまま、しばらく黙りこむ。

「でも、まぁいいか」

そして、結論が出たのか、和田マネージャーは瑞穂に視線を戻すと、笑顔を浮かばせながら語った。

·

「じゃあ、土曜は高畑さんに付き合う事にするよ。

考えてみれば、確かに身勝手で無神経な話だしな。

自分で話を持ちかけてるのに、電器屋だけ家に寄越して、『俺は知らない』ってのはね。

で、修理が終わったら、俺と高畑さんとその電器屋の三人で、メシでも食いに行こうよ。

高畑さん、足塚でしょ?

俺、その近くで、結構穴場でうまい店知ってるんだ」

「えっ、いいんですか?」

予想を上回る話の好転ぶりに、瑞穂の心は思わず高鳴った。

「別にいいよ、俺の方は特に用事もないしね」

和田マネージャーは腕時計で時刻を確認すると、立ち上がる。

「それに、その電器屋の奴も労《ねぎら》ってやらなきゃいけないしね。

急な、頼み事をお願いする訳だし。

一応、その電器屋の奴には話を伝えておくよ。

ウチの会社の女子社員の家のエアコンが壊れたから、見てもらいたいんだけど、高畑さんが美人だからといって、くれぐれも変な気は起こすんじゃねーぞ、って」

「やめてくださいよー。

私、その電器屋さんと会ったら、ソッコーで『こんなので、スミマセン』って、謝らなきゃいけないじゃないですか」

「冗談冗談。じゃあ、そういう事で。

ゴメンね、寝てるトコ起こして」

和田マネージャーは笑い声を上げると、踵を返し、軽やかな歩調で本来の自分の席である斜め向かいの席へと帰っていった。

──和田マネージャーと食事。

ダメ元でも言ってみるものだな、と瑞穂は思った。

贅沢を言えば、ランチじゃなくディナーが良かったが、まあいい。

和田マネージャーと食事が出来る事に、変わりはないのだから。

電器屋は少し余計な存在だが、それは仕方のない話だ。

むしろ、その電器屋を取っ掛かりとして、和田マネージャーとの距離を縮める事が出来たのだから、今回は我慢すればいいのだ。

──次は二人きりで食事に行けるよう、和田マネージャーにしっかりとアピールしなきゃね。

意気込んだ瑞穂は、再び組んだ両手の上に頭を載せ、仮眠を取る事を試みるが、気持ちの高鳴りもあってか、殆ど仮眠を取る事が出来ず、そのまま朝礼を迎える事となった。

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